「……それで?」
エージェントは、冷ややかな視線をまっすぐに私に向けている。
冷徹で皮肉たっぷりの表情は、とても友好的とは言いがたいものだ。
彼のコンソールの前にあるホロディスプレイが投影している情報は、私たちが「合法的」な存在であることのほか、Gallenteという国家にとって
もちろん彼から(そして彼の所属する企業から)は長いあいだ多くの仕事を請負ってきた。
だから彼がそんなデータを本当は必要としていないことも、その表情に隠されている本音も私にはわかる。
彼に割り当てられたオフィスのこの一室に入ってからというもの、真雪は私の斜め後ろで、置物のようにひっそりと、ひかえめに身をすくめている。
もっとも私がこの場所を訪れたのは久しぶりのことで、かつては冗談を飛ばしあうほどまで親しくなったはずのエージェントが、今は仏頂面をしながら私たちのIDレコードに渋い視線を投げかけているというわけだ。
「もちろん、あなた方の乗っている艦船や、私設企業体の来たところに問題があるわけでも、行く末について心配しているというわけでもないんですけれどね」
彼はあえて事務的な口調を強調するように言いつのる。
「Tulala、君は君であれほど嫌っていたはずのカルダリの艦船に乗っているというし、君の妹だと記録されているそこの……ええと、Mayuki? 彼女の船にいたっては、あろうことか Gulistas のそれだというデータが届いています」
彼は沈鬱な面持ちで、おおげさにかぶりを振る。
私はしかし、仏頂面の彼や私の背中にできることなら隠れたそうな真雪とは対照的に、にやにやしていたことだろう。
Roden Shipyards。
Gallente 屈指の宇宙船開発/生産メーカのエージェントたる彼が、今ここで苦言を呈さなければ、いったい誰が文句を言うというのだろうか。
艦載IFF(敵味方識別信号/装置)は、その Pod を搭載した船がどこのメーカの開発で、どこの勢力の艦船だろうと気にしない。
だから、どの国家に行っても私たちは平気な顔でステーションに対して停泊要請を出せるし、ステーションの管制が問題にするのはパイロットたる私たち自身のIDだと心得てもいる。
そんなことは常識で、だから敵対国家の船に乗っていてもとがめられたりはしないし、海賊勢力の船に乗っているからといって警察に捕まることもないのだ。
「まぁ、確かにね」
私は、ゆっくりと口を開く。
私がこの企業をどれだけ好ましく思っているかは、彼自身もよく知っているはずなのだから。
駆け出しの頃、Gallenteでの国家内地位(Fac ST)がある程度まで上がったのを機に、彼らに必死で取り入ったのは私のほうだ。
当時の私は Amarr のきらびやかな(そして鈍重な)Battle Ship に飽きて、Gallente の船に乗り替えを始めつつ、製造開発関連企業との接点を求めていた。
相応の時間をかけて彼らにとっての私の「有用性」を証明し、R&Dエージェントとさえやりとりをするようになった私は、さらにこの企業での評価を上げ続けた。
高位エージェントであるところの彼から多くの仕事を請け、それを確実に達成することで、この宙域での評価基盤を作った。
そして
「突然この地を去ったのは事実だし、しばらくあなたのところに来なかったのも事実だし、その間に Amarr での評価が存外に上がっちゃったのも事実ではあるんだけれど」
彼はそれを聞きながら、片方の眉を器用に持ち上げた。
私は、そのジェスチュアを無視して続ける。
「Caldari の船に乗ってるのは成り行きでたまたまのことだし、この国やあなたの企業とその成長にとってはもとより、あなた自身のキャリアにとって、まだまだ有用な存在だと思うんだけどなぁ、私は」
そのセリフを、しばらく噛み砕いていたのだろう。
彼はふたたび仏頂面になってから、片方の口元だけで笑みを作り、そして言った。
「それなら Tulala、もっとうちの船に乗ってほしいもんだなぁ。きみのお気に入りの Enyo、先の法整備よりずいぶん前から仕様が変わってるんだから」
もちろん覚えている。おそらくは彼もそうだろう。
このエージェントのもとを初めて訪れたとき、私は Ishkur に乗っていた。
そのときだって、彼からは嫌味たらたらに迎えられたものだった。
彼は生粋の Gallentian だし、当然この企業と海軍との繋がりは重力アンカのように、目に見えなくてもそれはそれは強固なもののはずだ。
このあたりの宙域で Roden のロゴを刻まれた紅色の船が増えるなら「エージェントとして」の彼はさぞ満足するだろう。
それはIFFやらポッドパイロットIDの問題などではもちろんなく、企業でキャリアを積み重ねた者にとって当然の姿勢とさえいえる。
「ええ、もちろん」
私はにっこりと答える。
「乗りたいときに乗りたい船に乗る。乗るべきときに乗るべき船に乗る。優秀な船がそこにあるかぎり私たちがそれに乗らない理由はどこにもないし、Roden の深紅の翼がそうでないはずなどない。そうでしょう?」
「ふうん」
彼はため息とも肯定ともつかない音を立てながら息を吐き、コンソールを操作する。
「そして行きたくなったら、どこにでも姿を消しちまうんだろう……まったく」
ホログラフに表示された、ファイルのひとつを開きながら苦笑いをする。
そんなに文句があるならポッドパイロットになればいいのに、と以前、言い返したことがあったっけ。
それでも彼には愛する家族があり、誇る民族があり、所属する国家がある。
それらに所属し、拘束され、その不自由に安住することを、彼は選んでいる。
私は逆に自由を選んだ。
だからこうして、血統上は反目している国家所属の造艦企業に出入りもしていられる。
方向が違うからこそ互いに敬意を払える、こうしたありようを私は素敵だと思っているし、なんだかんだと文句を言いながらも、民族や乗っている船ではなく私個人の能力を買ってくれる彼のことをとても信頼している。
「まぁ、ちょうどよかった。実はちょっとやっかいなことが起こっていてね」
皮肉の種も尽きたのか、彼は以前と同じように、実直な表情で告げる。
「腕ならし程度に片付けてもらうとするか……。ところでまさか」
そこで彼はまた、両目を細めて私を見る。
「まさか入港したアレ以外に、船を持ってないとか言うんじゃないだろうね?」
「あれぇ?」
私はフレイタをオフィスに置いてあることなど瞬時に忘れて、おおげさに言い放つ。
「私が『今乗っていない船』を持ち歩いていたことなんて、今までにあった?」
私の影に隠れて、真雪がくすくすと笑う。
エージェントは、あきれた顔で肩をすくめ。やがて笑い出した。
>>>
Gallente に渡った。
Dodixie(※後述)から遠い、開発/生産に特化した Office 付近に停泊している。
Office の荒廃ぶりは、思ったほどでもなかった。
おそらく、一番寂れているのは Caldari の Office だろう。
それは分かっているのだけれど、かの地に向かうのはまだ、もう少し先になりそうだ。
まともに募集活動もしていない私の Corp のアクティブメンバは減り続けて、今ではソロコープの様相を呈しているし、Office に集まる資材やら弾薬やら船やらモジュールやらの数々は、ただただ積み重なって、使われるなり売られるなりする日を待っているだけだ。
もちろん、不満があるわけではない。
孤独が嫌いなわけでもない。
目標や目的が失われたわけでもない。
人数が少ないからこそ出来ることもあるわけだから。
というわけで、今は High Sec POS 建設を狙っている。
※Guristas:ガリスタ
カルダリを拠点とするNPC海賊。
そのポップにして悪辣な「ウサギ髑髏」のマークはあまりにも有名だ。
そのトップはかつてカルダリの正規軍属であったと聞く。
Gallente 連邦の政府要人を誘拐し莫大な身代金をせしめた事件によってその名は、Caldari だけでなく Gallente にも広く知れるところとなる。
政治的イデオロギィもないままに活動するさまはまさに「海賊」そのものである。
※Dodixie
Gallente 連邦最大の商都。